「こんなこと許されるのか!?」と知った妊活の世界
作家・ヒキタクニオ氏が自らの体験を基に書き上げた『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』が映画化される。一般的には馴染みの薄い男性不妊を真っ正面から描きながらもユーモア溢れる語り口で描いた本作で、主演を務める松重豊さんにお話を伺った。
「男の妊活を体験してみて、初めてだらけのことで驚きました。女性しかいない産婦人科の待合室で男ひとり待たされる違和感、検査するために通されたメンズルームの存在、そしてそこで渡される小さな検査カップ…。ここに入れるんですか? こんなこと許されるんですか!? って。でも、クリニックの先生にお話を聞くとこれが普通の世界だと。これを乗り越えなきゃいけないんだと。作品ではその様子を監督が面白おかしく仕上げてくれましたけど、実際に治療を経験したら夫婦喧嘩になることの方が多いんじゃないかと。妊活は夫婦の心の絆と乗り越える強さがないと到底できない大変なことであることを知りました」
実際、少子高齢化の先頭をひた走る日本。出生率の低下が問題視されているものの、妊活を描いた作品はこれまでほとんどなかった。男性の妊活ともなればなおさらだ。
子供ができてもできなくても夫婦で子供を意識する時間はかけがえのない時間だと思います
「この映画を観てくれた方や、スタッフの中にも”実は僕も…”とカミングアウトしてくださる方が多くて。それだけ口にするのが憚れるという妊活を“秘め事”的に感じている夫婦が多いんだろうなと感じました。妊活というからには子供を作ると言う目標があるわけですが、僕は結果がどうであれ夫婦というもののあり方として、子供を意識する時間があるというのは、かけがえのないことだと思います。この映画は子供がいる、いない、結婚している、していないに関わらず、夫婦が家族になっていく物語。男女ともに、どの世代にも受け止めてもらえると思いますし、僕たち夫婦の姿に共感したり、応援したりしてもらえたら嬉しいです」
松重さん演じるヒキタさんの妻のサチを演じるのは北川景子さん。ひと回り以上歳の離れた夫婦の歳の差を埋めるのが一番の難関だったと松重さんは笑う。
「実際、僕は北川さんのご両親と同じくらいの歳なんですよ。でもありがたいことに北川さんが僕との年齢差をあまり感じていなかったようで、これはシメシメと(笑)。その流れで撮影に入らせてもらいました。でも暗い夜道、サチを探して見つけて抱き合うというシーンがあるんですけど、ロケを見に来ていたギャラリーの人たちは内容を知らないので“お父さん、娘見つかってよかったね!”って(笑)。父親役だと思われていたみたいです」
ヒキタさんが妊活するきっかけとなったのがサチの『ヒキタさんの子供に会いたい』というひと言。それにちなんで、これまで人生を大きく左右したひと言を尋ねると、うーん…と考える松重さん。
“世界の蜷川”からの賛辞でこれまで耐えられた
「『お前はスタジオの宝だな』と言われた事ですね。蜷川幸雄さんの言葉です。僕がこの世界に入ってすぐ、まだ20代の頃に蜷川幸雄という演出家に出会って、劇団に入れてもらって。そこでエチュードを見てもらって批評されるという課題があったんですが、そこで褒められた言葉です。”おじさんに宝って言われた!”って嬉しくてね(笑)。蜷川さんからもらった宝と言う言葉を自分の宝物にしようと思った時の事を思い出しました」
その後、めちゃくちゃしごかれても、そのムチに耐えられたのは世界の蜷川からの賛辞という大きな“あめ玉”があったからだと話してくれた松重さん。シリアスな役からコメディまで、様々な役を演じてきた松重さんだが、意外にも映画の主演は本作が初めて。妊活に大奮闘しながら家族との絆を深めていくヒキタクニオを楽しみにして欲しい。
TEXT Satoko Nemoto / PHOTO Isamu Ebisawa
Profile 1963年生まれ。
蜷川スタジオを経て、1992年映画「地獄の警備員」で注目される。
近年の主な映画出演作として「アウトレイジ 最終章」、「検察側の罪人」、ドラマでは、「アンナチュラル」、「悪党~加害者追跡調査」など。「いだてん~東京オリムピック噺~」、「孤独のグルメ シーズン8」が放送中。
[box class=”box1″]
「ヒキタさん! ご懐妊ですよ」
原作/ヒキタクニオ 監督・脚本/細川徹
出演/松重豊、北川景子、濱田岳、山中崇、伊東四朗
公開/10月4日(金)全国ロードショー
[/box]